楊貴妃の里ってどこよ、本州最西北端の地へ行って参った。

Pocket

おはようございます、こんにちは、はたまたこんばんは。

かいです。

更新頻度を高めようと思いつつ相変わらずの低頻度でございます。

ご容赦くだせぇ。。

この度、GW中に山口県へ行って参りましてですね、楊貴妃の里なるところへ行ってきたのですよ。

というわけで今回はプチ旅行で訪れた山口県長門市についての記事です(´_ゝ`)
楊貴妃の里ってどこよ、本州最西北端の地へ行って参った。


<スポンサーリンク>


日本に伝わる楊貴妃伝説とは

エジプトのクレオパトラ日本の小野小町と並んで世界三大美女と呼ばれる中国の楊貴妃

実は日本に渡ってきていたという伝説が残っております。

楊貴妃といえば安史の乱の原因ともなり、その後に自殺を強要されて自ら命を絶ったというのが定説です。

しかし、その際に楊貴妃は死んでおらず、近衛隊長により逃がされて命からがら日本に流れ着いたという説があります。

その漂着した地というのが、本州最西北端山口県長門市向津具半島川尻岬。

山のように木々が生い茂る岬で、水平線が広がる海と相まってとても幻想的な雰囲気が漂う場所です。

現在は一部キャンプ場として整備されているため、キャンプをする人たちの姿がちらほら見られました。

(ここで星景写真挑戦したらやばそうだ☆彡)

<スポンサーリンク>



楊貴妃の里

川尻岬で里人に発見された楊貴妃は手当てを受けるも、衰弱していたため手当ての甲斐もなく亡くなってしまいます。

現在、向津具半島には楊貴妃の里という観光スポットがあり、その中には二尊院という寺院があります。

そして二尊院の境内には楊貴妃を葬ったとされるお墓が存在しているのです。

楊貴妃の里は観光スポットとしてはあまり見どころが満点というわけでもなく、アクセスもあまりよくありません。

しかし、あまりに有名な楊貴妃が日本にいたかもしれないという伝説や、いかにも中国を思わせる建築物などからはロマンを感じると言わざるおえません。

そこまで詳しいというわけではないですが、自分が歴史が好きなのでとても興味を持って訪れることができました٩( ”ω” )و

角島大橋元乃隅稲成神社と比べると観光客はかなり少なかったので、こちらも人気のスポットになればいいなと思います。。

Twitterには写真上げたんですが、角島大橋も少し撮影してきたのでまた次回にでもそこについては書いてみようかなと思います🙌

それでは今日はこの辺りで終わりにします。

読んでくださってありがとうございました🙏

ーかいー


<スポンサーリンク>



The following two tabs change content below.
写真撮るのと音楽聞くのが好きな大学生 日々撮り歩いてる写真をゆるーく載せていきます。

コメントを残す

Proudly powered by WordPress | テーマ: Baskerville 2 by Anders Noren

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。